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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)380号 判決

控訴人 森川義雄

被控訴人 坂本春子

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出認否援用は、被控訴代理人において、「仮に、控訴人が、訴外松田利右衛門から奈良県高市郡真菅村大字曾我五六七番地上木造平家建家屋一棟建坪約一一坪五合(以下本件家屋と称す)を使用貸借していたとしても、控訴人は右松田利右衛門から右家屋の所有権を取得した被控訴人に右使用貸借を以て対抗し得ないし、その他被控訴人に対抗し得る権原はない。又奈良県高市郡真菅村大字曾我五六六番地宅地三九一坪は、周囲に壕を巡らした元曾我氏の陣屋跡で以前は竹籔で登記簿上の地目は山林となつていたものであるが、控訴人は、本件家屋に居住しているのを奇貨として、右土地の内別紙図面中(ロ)(ハ)(ニ)(チ)の各点を順次直線で結ぶ線から南の部分(以下本件土地と称す)を、当時の所有者松田利右衛門の承諾を受けることなく開墾し、家庭菜園として耕作占有していたものであつて、松田利右衛門は控訴人との間賃貸借契約は勿論使用貸借契約を為したことはない。従つて、控訴人の本件土地の占有は不法占有である。仮に、本件土地につき、控訴人と松田利右衛門に使用貸借関係があつたとしても、右土地を松田から買受けた被控訴人に対しては、右使用貸借を以て対抗することができない。控訴人の主張に対し、仮に本件土地の現状が畑であるとしても右土地は前記のように家庭菜園に過ぎないし、控訴人が不法に占拠しているものであるから農地法の適用の余地はなく、従つて、右土地の返還請求を為すにつき農地委員会の承認を受ける必要はない。又被控訴人は、被控訴人が社員となつている訴外有限会社金鵄メリヤスの工場拡張の為必要につき右土地の明渡を求めるのであるから権利の濫用ではない。」と述べ、控訴代理人において、「仮に、本件家屋の貸借が使用貸借であるとしても、その貸借の目的は控訴人一家の住居の為であり、しかも控訴人先代森川吉松の承継人たる控訴人が行先がある迄の居住を目的とする使用貸借契約である。しかるに、控訴人が未だ右目的を遂げた事実のない以上、控訴人は右家屋の明渡義務はない。次に、本件土地は、農地である。即ち、農地とは耕作の目的に供せられる土地を謂い。耕作の目的に供すとは肥培管理を施し作物を栽培している土地のことであつて、その作物がなすび、まめ、かぼちやであり、その土地が菜園と認むべきものであり、登記簿上の地目が山林又は宅地であつても農地であることに変りはないし、特に供出の対象の如何も農地かどうかを判定する基準とならない。(殊に農地の内米作農地だけは現在供出の対象とつているが、米作しない殆どの畑地は供出の対象外であることは公知の事実である。)控訴人は、後記の如く松田利右衛門の承諾の下に本件土地を開墾し、なすび、まめ、かぼちや等の作物を栽培しているのであるから、本件土地が農地であることは明かである。従つて、その売買には当時施行されていた農地調整法第四条により奈良県知事の許可を要するところ、被控訴人と松田利右衛門間の右土地の売買については右許可を受けていないから、右売買は無効である仮に、無効でないとしても、控訴人は、本件土地を元所有者松田利衛門から賃借して耕作していたのであるから、その後に右土地を買受けた被控訴人に右賃借権を以て対抗できる。仮に右賃借権が認められないとしても、控訴人は松田利右衛門から右土地につき次に述べる事情の下に使用貸借を承認されていた。即ち、大平洋戦争勃発し漸次食糧事情が悪化するにつれ、休閑地又は開墾地を開墾することは国民の義務の一つであり、土地が自己の所有に属しなくても応分の開墾をせなければならず、これに対する地主の所有権も右の限度で制限されていたが、或いは黙認されていたのである。そして他人の土地を開墾耕作した場合その年貢は三年間無料というのが一般の取扱方であつた。本件土地も同様であつて、控訴人は、当時その所有者松田利右衛門の承諾と激励の下に至難な竹籔の開墾をし、開墾後三年を過ぎてから以後小作料を支払つて来たのであるから、右土地につき賃貸借が成立し、仮にそうでなくても、使用貸借契約が成立しているのである。仮に右土地の開墾が地主に無断であるとしても、開墾者による土地の占有が無権原による占有と言えなかつた戦時の特殊事情の下に、松田利右衛門もこの国策に副う意思で控訴人の開墾を咎めることなく、その後本訴提起迄約八年間無事平穏に経過し、地主から本件土地についての貸借(賃貸借であろうと使用貸借であろうと)関係を終了(解除)されるものとは思われなかつた。換言すると、松田利右衛門や被控訴人から右土地についての貸借の解除権は最早行使せられないことを確信するに足る充分な事由があることに帰着し、所謂失効の原則に基き、被控訴人は右土地の返還請求をすることができないのである。仮に右主張が理由がないとしても、本件土地は、前記のように農地であるから、農地法第二〇条により農地委員会の承認がなければ契約を解除し、明渡を求めることができないのに、被控訴人は右承認を受けて居らないから右土地の明渡請求は失当である。尚控訴人は専業の農家で、本件土地家屋は農耕の為必要欠くべからざるものである。従つて、控訴人は、自作農創設特別措置法施行中なら本件土地家屋の買収の申込ができたのであるが、松田利右衛門の恩誼を感じこれを見合せ中昭和二九年に右法律が廃止されたためそのまま今日に及んでいる。被控訴人は、右事実を知り乍ら本件土地家屋を買受けたもので、自からこれを住居に使用するなら格別、その属するメリヤス工場の増築に充てようとするもであつて、本件明渡の請求は控訴人の生活の基礎を根本から覆えすもので権利の濫用であるから、許されない。」と述べ、当審における証人井村栄一の証言、控訴人本人尋問の結果を援用した外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

本件土地及び家屋がいずれも元松田利右衛門の所有であり、被控訴人が松田から之を買受けたこと、控訴人が右土地家屋を現在占有していることは、いずれも当事者間に争がない。

先づ被控訴人の家屋明渡の請求につき判断する。原審証人松田利右衛門及び同坂本安次郎の右証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果の一部(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、松田利右衛門は、昭和一四年三月上旬頃予て近所に居住し松田家に出入をして親交のあつた控訴人先代森川吉松に対し、同人が病身であるのに家主から当時居住中の家屋の明渡を請求され困却していたのに同情し、且つ、被控訴人の父坂本安次郎からも右吉松に貸与方の懇請もあつたので、当時稲屋であつた本件家屋の内部を改造し、右吉松の病中又は吉松一代限り使用させる考で貸与したこと、右吉松は、控訴人その他の家族と共に右家屋に居住することとなつたが転居後間もなく死亡し、控訴人及びその家族は引続き居住して居たので、松田は控訴人やその母に対し口頭で、右家屋は吉松一代限りの約束で貸与したのであるから明渡して呉れと何回も請求したが、控訴人において転居先のある迄猶予を求めたので、已むを得ず、控訴人に引続き無償で右家屋を貸与して来たことを夫々認めることができる。控訴人は、「控訴人と松田間の本件家屋の貸借は賃貸借であり、賃料は一ケ月金二円五〇銭又は金三円の約束であり、右割合で現金又は右賃料に相当とする米野菜等で昭和二六年頃迄支払つて来た」と主張するが、右主張に副う原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は、原審証人松田利右衛門、同坂本安次郎の各証言と対比して信用できないし、(当初賃料の約定がなかつたことは、原審における控訴人本人の供述により明かである)、他に前記認定を覆えして、控訴人の右主張事実を認めるに足る証拠がないから、控訴人の右主張は採用することができない。そうすると、控訴人と松田利右衛門間の本件家屋の賃借は、賃貸借でなく、使用貸借であることが明かである。そして、家屋の使用貸借には借家法の適用がないから、使用貸借の目的である家屋の所有権が移転された場合、その所有権を取得した第三者に対し、借主は右使用貸借を以て対抗できないことが明かであるところ、原審証人松田利右衛門及び同坂本安次郎の各証言によると、被控訴人は、昭和二七年初頃松田利右衛門から本件家屋を買受け(買受けの事実は前説明のとおり当事者間争がない)、その所有権を取得しその旨の登記手続を経由したことを認めることができるから、前記理由により控訴人は被控訴人に対し前記使用貸借を以て対抗することができないものと謂わなければならない。そして、他に被控訴人に対抗し得る権原に基き控訴人が本件家屋を占有していることを認めることのできない本件においては控訴人は、被控訴人が右家屋の所有権を取得した日以後被控訴人に対抗し得る権原なくして右家屋を占有しているものと謂うべく、従つて被控訴人に対し本件家屋を明渡す義務があることは明かである。

次に、被控訴人の本件土地明渡の請求につき判断する。成立に争のない甲第一号証、原審証人松田利右衛門及び同坂本安次郎の各証言を綜合すると、被控訴人は、昭和二七年初頃松田利右衛門からその所有の本件土地を含む奈良県高市郡真菅村大字曽我五六六番地の土地三九一坪(地目は当時山林、現在宅地)を買受け(買受の事実は前説明のとおり控訴人の認めるところである)、その所有権を取得し、その所有権移転登記手続を経由したことを認めることができる。控訴人は、「本件土地は農地であるから、右売買については、当時施行されていた農地調整法第四条の規定により奈良県知事の許可を受けなければならなかつたのに、右許可を受けていないから、右売買は無効である」と抗弁し、前掲甲第一号証、当審証人井村栄一の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果、原審における検証の結果を綜合すると、本件土地を含む前記土地三九一坪は以前曽我氏の陣屋跡で以前その地目は山林であり、籔となつていたが、控訴人において大平洋戦争の前後を通じ三回程に本件土地の部分を開墾し、なすび、まめ、かぼちや、いも等を栽培し、昭和二二、三年頃は供出の割当の対象となつたことがあり、右土地の部分約一五一坪余は現況畑となつていること、しかし、右土地の地目は山林から宅地に変更され、現在宅地となつていることを認めることができる。しかし、右土地が竹籔から開墾され右現況となるに至る迄の経過をしらべてみるに、原審証人松田利右衛門及び同坂本安次郎の各証言によると、松田利右衛門は、本件家屋を控訴人先代吉松に貸与するに当りその敷地から公道に出る通路にさせる為、右家屋の北側の軒先迄迫つていた竹籔を巾一間位の広さに竹を切り取り通路とすることを許したが、前記のように控訴人が亡父吉松の死亡後引続き本件家屋に居住するようになつてから、三回程に亘つて本件土地の部分を松田に無断で開墾して畑として耕作するに至つたので、松田は、控訴人に対し、承諾なしに右のように開墾しては困ると数回に亘り注意したが、右開墾当時は、戦争中及び戦後の食糧難の時代であつたのと、当時松田は公職に在つた関係上強く禁止することなく過ごしている内控訴人が順次開墾して本件土地の現状の如く変更するに至つたことを認めることができる。そうすると、控訴人は、本件土地の当時の所有者である松田から何等の承諾を受けることなく右土地を開墾し耕作して現在に至つていることが明かである。控訴人は、「松田の承諾を得て右土地を開墾し、その耕作の対価として昭和二四年頃迄米一斗宛を松田に支払つて来た」と主張するが、右主張に副う当審証人井村栄一の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は、前掲証人等の証言と対比して信用できないし他に右主張事実を認めて前記認定を覆えすに足る証拠はないから、右主張は採用することができない。次に、控訴人は、「控訴人が、右土地を開墾した当時は大平洋戦争勃発し食糧事情が悪化した時であり、土地が自己の所有に属しなくても応分の開墾をせねばならずこれに対する土地所有者の所有権も右の限度で制限されていたか又は默認されていたのであるから、控訴人は本件につき少くとも使用貸借による権利を取得した」と主張し、太平洋戦争勃発後漸次食糧事情が悪化し、食糧の増産の為土地の開墾、休閑地の利用が極度に奨励されたこと、事実上も国民が挙つて各自の力に応じその努力をしたことは顕著な事実であるが、これが為他人の土地を何等の権原に基かず開墾して耕作することができ又当然土地所有の默認あるもの、従つて、開墾すれば当然賃貸借又は使用貸借が成立するものと謂うことはできないから、控訴人の右主張も亦採用することができない。以上の次第であるから、控訴人は、当時公簿上の地目は山林、事実上は竹林であつた本件土地を当時の所有者松田利右衛門の承諾を受けることなく、戦争中及び戦後の食糧難の際になすび、まめ、かぼちや、いも等の蔬菜類等を栽培して居たものであつて、本件土地につき賃借権は勿論使用貸借上の権利をも有して居なかつたことが明かである。そして、他人の土地をその所有者の承諾を受けることなく、無断で開墾して耕作しているものが該土地の不法占有者であることは多言を俟たないところであつて、かかる土地の不法占有者は自己が土地の所有者の意思に反して作出した右既成事実の存在を理由として、右土地が農地である旨主張して、買収の請求を為すことができないし、従つて又該土地につき売買が為された場合、土地を農地だとしてその県知事の許可なくしてなされたため之が売買の無効であることを主張する法律上正当な利益を有しないことは勿論、かかる主張を為して土地所有者の所有権を否認することは信義則上許されないものと解するのを相当とする。従つて、本件土地を含む前記土地三九一坪につき被控訴人と松田利右衛門間に為された売買が無効であるとの控訴人の主張は理由がないものと謂わなければならない。次に控訴人は「本件土地につき控訴人は賃借権、少くとも使用貸借による権利を有し、しかも右土地は農地であるから、農地法第二〇条により右契約を解除する為には農地委員会の承認を要するに拘らず、右承認がないから、被控訴人は右契約を解除し右土地の明渡を求めることができない」と抗弁するが、控訴人が、本件土地につき賃借権又は使用貸借による権利を有していないことは、既に認定したとおりであるから、賃貸借又は使用貸借の存在することを前提とする控訴人の右抗弁は採用することができない。そして控訴人が本件土地の元所有者松田利右衛門に対しては勿論、同人から昭和二七年初頃右土地を買受けその所有権取得登記手続を経由した被控訴人に対抗し得る権原なくして之を占有していることは、既に認定した事実により明かであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件土地を明渡す義務があるものと謂わなければならない。控訴人は、「右土地を開墾してから本訴提起迄約八年間右土地の所有者たる松田又は被控訴人から咎められることなく経過したのであるから、所謂失効の原則により、被控訴人は控訴人に対し右土地の返還請求をすることができない」と主張するが、控訴人が右土地を開墾した当時松田から何回も控訴人のかゝる行動を禁止する旨の通知を受けたことは既に認定したとおりであるのみならず、本件土地の所有者である被控訴人が不法占拠者である控訴人に対し、その明渡を求める請求権は、控訴人主張の如き事由によつて消滅するものでないことは明かであるから、右主張は採用することができない。

尚控訴人は、「被控訴人が本件土地及び家屋の明渡を求めることは、権利の濫用である」と主張するが、原審証人坂本安次郎の証言によると、被控訴人は、訴外有限会社金鵄メリヤスの社員で、その父坂本安次郎は同会社の代表取締役であり(この点は控訴人の認めるところである)、同会社はその工場の拡張の為本件土地及び家屋を必要としたが資金がなかつたので、被控訴人は右会社の社員である関係上右工場拡張の為使用させる目的で右物件を買受け、右工場の増築については同会社において既に県知事の認可を得て建築材料も準備して居り、右目的達成の為に控訴人が右物件の明渡をすることを必要とすることを認めることができるのみならず、被控訴人は、控訴人が被控訴人に対抗し得る権原に基かず右土地を占有していることを理由としてその明渡を求めているのであるから、当然の権利の行使であつて、何等控訴人主張のように権利の濫用であると謂うことはできない。従つて、控訴人の右主張は採用することができない。

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は正当であるから、いずれも認容さるべきである。

右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから之を棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

図〈省略〉

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